大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成元年(ワ)301号 判決 1991年1月29日

原告

津田俊明

右訴訟代理人弁護士

奥津亘

佐々木齊

大石和昭

被告

岡山電気軌道株式会社

右代表者代表取締役

松田基

右訴訟代理人弁護士

小野敬直

主文

一  被告は、原告に対し、五七八万七二二二円及びこれに対する平成元年四月六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、五七八万七二二二円及びこれに対する平成元年三月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、労働組合の在籍専従期間を退職金計算のもととなる勤続年数に算入すべきであるとして、被告に対し、被告が支払うべき退職金の支払いを請求し、これに対し、被告は、在籍専従期間は勤続年数に加えるべきではないとして、これを争っている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和三六年一一月二一日、被告と雇用契約を締結しその従業員となり、平成元年三月一五日、満五五才になった。

2  原告は、被告の従業員で構成する私鉄中国地方労働組合岡山電軌支部(以下「岡山電軌支部」という。)の組合員であるが、昭和五四年一月一六日、岡山電軌支部の専従者となり、現在に到っている。

3  岡山電軌支部と被告との間の労働契約、被告の就業規則及び退職金支給規程は、退職金に関し、以下のとおり定めている。

労働協約第一三条 会社は退職する組合員に対してはその理由、勤続年数に応じて退職金を支払う。

同第三一条 次の場合には、自動的な雇用契約の満了又は中断による退職とする。

1 停年に達したとき。但し、停年は満六〇才に達した時とし、退職金の計算は満五五才に達した時をもって打切り三週間以内に直接本人に支払う。

就業規則第三一条 従業員の賃金、諸手当、昇給、退職金、旅費、その他の給与に関する事項はそれぞれ別に定める「賃金規程」、「退職金規程」及び「旅費規程」による。

退職金支給規程第一条 本会社従業員で満一年以上勤務して次の各号に該当するときはこの規程により退職金を支給する。

1 停年退職者

同第三条 退職金は死亡又は退職時の基本給(年令給、勤続給、能力給)月額の一〇〇パーセントに別表基本支給率を乗じた額を基準として次の区分により支給する。

1 第一条第一項ないし第三項該当者は第一表による。

但し、第一項該当者にして勤続二〇年を超える者については第三表を適用する。

第一表 勤続年数 基本支給率

一七年 二六・七七

一八年 二九・二八

第三表 勤続年 数基本支給率

二七年 五二・四七

二八年 五四・九八

同第七条 勤続年数の起算は採用発令の日に始まり死亡又は退職の日に終わる。一年に満たない月数については最終年の割合により月割計算により支給する。

一か月未満の端数は一五日以下は切捨て一六日以上は一か月に切上げる。

同第九条 休職期間中及び自己の都合による欠勤は勤続年数に加算しない。

4  労働協約及び就業規則は、労働組合専従者の地位及びその取扱等に関して、以下のとおり定める。

労働協約第四五条 会社は組合員が協約の定めるところに従って組合業務(組合が加盟しもしくは参加する上部団体の業務を含む)に専従することを認める。

専従者の員数は二名以下とする。

同第四六条 組合は組合役員及び専従者の選任及び異動があったときは決定後すみやかにその所属氏名を会社に届出なければならない。

同第四七条 専従者は会社の有する福利厚生施設を一般組合員と同様に利用することができる。

同第四八条 専従者の専従期間が終わったときは原則として元の職に復帰させ専従前のものと比較して不利益な取扱いをしない。

同第四九条 専従期間中の昇給昇格は一般組合員と同様に取り扱う。

同第三三条 会社は組合員が下記の各号の一に該当するときは次に定める期間中休職とすることができる。

5  組合役員に専従したとき その期間

休職期間中の賃金は支払わない。

休職期間中の在籍年数は勤続年数に加算しない。

但し、第五号の場合はその期間を勤続年数に加算する。

就業規則第三五条 従業員が下記の各号の一に該当するときはそれぞれ記載のとおり休職を命ずる。

休職期間中の賃金は支払わない。

3 組合役員に専従したとき その期間

同第三六条 欠勤及び休職期間は勤続年数に通算しない。

5  基本給月額については、岡山電軌支部と被告との間に協定により、第二基本給制度が定められており、退職金算定の基礎となる基本給額は、第二基本給額を控除した金額とされている。

6  岡山電軌支部と被告との間の労働協約は、昭和二九年九月に締結され、その後も再締結あるいは更新されていたが、最後に締結された労働協約は更新されないまま、昭和六三年一二月三一日の有効期限が経過し、昭和六四年一月一日に失効した。

3及び4に引用した労働協約の規定は、右の昭和六四年一月一日に失効した労働協約の規定である。

7  原告の退職金計算の基礎となる基本給は、基本給二八万一三六〇円から第二基本給額五万九七八三円を控除した二二万一五七七円である。

8  被告は、原告に対し、平成元年四月四日、原告が従業員となった日から満五五才になった日までの期間二七年四か月から、組合専従者として休職していた期間一〇年二か月を控除した一七年二か月を勤続年数として退職金を算定し、退職金六〇二万四三〇九円を支払った。

9  勤続年数が二七年四か月のときの原告の退職金は、次のとおり、一一八一万一五三一円である。

221,577×{52.47+(54.98-52.47)×4÷12}=11,811,531

二  争点

退職金の算定の基礎となる勤続年数に労働組合の在籍専従者であったため休職となっていた期間一〇年二か月を算入するか否か。

三  争点について当事者の主張

1  原告の主張

(一) 労働協約第三三条が、組合役員の専従による休職期間は勤続年数に加算すると定めているのは、退職金の算定にあたっても、右休職期間を勤続年数に算入する趣旨を定めたものである。実際にも、原告以外の従前の専従者は、いずれも専従の休職期間も勤続年数に加算して退職金を支給されていた。

(二) 原告が在籍専従者となった時点において、専従者の地位に関しては、同一の内容の労働協約が存在していたのであるから、専従者の給与、退職金その他の待遇に関する労働条件は、原告が休職になったことにより、原告と被告との間の労働契約の内容となっていたものである。労働協約が失効したからといって、原告と被告との間では、従来と同一の内容の労働契約が存続するものであって、原告は労働協約に定められたのと同一条件の権利を有するものである。

(三) 労働協約に定められていた労働条件その他の制度は、いずれも古くから労働協約の全部あるいは一部として認められてきたものであり、被告と岡山電軌支部の組合員の間では、規範として法的確信を持つに到っていたものである。被告においても、労働協約の失効後も、就業規則及び退職金支給規程には定められていない満五五才での退職金打切り、第二基本給、在籍専従その他の制度はそのまま存続させているが、これらはいずれも労働協約に根拠があったものである。したがって、在籍専従者制度、退職金支給に関する労働協約上の諸条項は、依然として、原告と被告を規律する基準となっているものである。

2  被告の主張

(一) 就業規則第三五条によれば、専従による休職期間中は賃金を支払わないこととされ、同第三六条によれば、休職期間は勤続年数に通算しないことになっている。また、退職金支給規程第九条は、休職期間は勤続年数に加算しないとしている。被告は、これらの規定に従って、原告が組合役員に専従した期間を休職期間として、これを退職金支給の計算に通算しなかったものである。

なるほど、労働協約第三三条によれば、専従期間は勤続年数に加算することとなっている。したがって、被告は、原告が組合役員に専従した後も、原告の昇給については、勤続年数に加算して他の従業員と同じ昇給方法を適用してきた。しかしながら、このことと原告の休職期間に対する退職金の支給とは別であり、賃金を支払うことがないのと同様に、労働組合の専従による休職期間について退職金を計算して支給することを定めた規定ないしは協定はない。

被告が、従来専従期間を含めて退職金を計算していたのは、労働協約第三三条の解釈を誤っていたにすぎないものである。

(二) 専従者たる地位は労働契約上の地位ではない。被告は、労働協約失効後も、便宜上従来と同じ取り扱いをしているもので、原告が、労働協約と同一内容を請求することができる労働契約上の権利を有するものではない。

(三) 被告は、労働協約が失効した後においても、従来と同じ労働条件を存続させることに同意してはいない。被告は、労働協約の規範的部分につき、その必要を認めたときに、これを継続しているのにすぎない。

被告は、労使の協定により退職金支給規程が平成三年三月三一日まで有効とされたため、退職金支給規程に従って退職金を支払っているものである。

第三争点に対する判断

一  従業員としての身分を保有しながら労働組合の業務に専念するいわゆる在籍専従者の地位に関して、就業規則第三五条は、専従期間中は休職とすることとし、また、退職金算定の基礎となる勤続年数に関し、退職金支給規程第九条は、勤続年数に休職期間は算入しないものとし、同様に、就業規則第三五条は、勤続年数に休職期間は含めないとしている。このように、被告の就業規則及び退職金支給規程は、退職金の算定の基礎となる勤続年数から休職期間を控除するについては、休職の理由によって区分することなく一律に取り扱うことにしているものである。退職金が賃金の後払いという側面をも有していることを考えれば、従業員が在籍専従中はそもそも労務の提供をせず、賃金が支払われることもないのであるから、一般的には、退職金の算定にあたっても、休職期間を勤続年数から控除することはあながち不合理なものとはいえない。

しかしながら、他方、労働協約は、在籍専従者の待遇に関して、賃金を支払うことはないものの、専従期間中の昇給、昇格、福利厚生施設の利用及び専従終了後の復職などについて一般従業員と同様に取り扱うことを定めるとともに、同第三三条において、在籍専従による休職期間は勤続年数に加算するとしている。そして、退職金の支給に関して、同第一三条が、会社は従業員に対して「勤続年数」に応じて退職金を支払うとしていることからすれば、労働協約第三三条は、退職金の算定に関して、在籍専従による休職期間を勤続年数に含める趣旨を規定したものであると解される。このような取り扱いは、実質的にみれば、使用者が在籍専従者の賃金を一部負担するかのような結果になることは否定できないが、そうだからといって、労働協約においてこのような定めをすることが許されないものではない。

右に述べたとおり、本件争点に関し、就業規則及び退職金支給規程と労働協約は、相反する内容を規定しているが、在籍専従者の退職金に関する基準も、労働組合法一六条にいう労働条件その他労働者の待遇に関する基準に含まれるものと解されるから、労働組合法一六条及び労働基準法九二条一項により、労働協約の規定が就業規則及び退職金支給規程に優先することになるものである。

また、実際にも、被告は、原告以外の従前の在籍専従者の退職金に関しては、在籍専従の休職期間も勤続年数に算入したうえで退職金を計算して支給していたことが認められ(証人楢村普典、原告)、このことからすれば、労働協約第三一条は、退職金算定の基礎となる勤続年数に在籍専従による休職期間を算入することを規定したものであるとの解釈及び取扱いが、既に労使慣行としても定着していたものと認められる。

二  ところで、被告と岡山電軌支部と間の労働協約は、昭和六三年一二月三一日限りで失効している。そうだとすれば、昭和六四年一月一日以降は、退職金の算定にあたり、同第三一条が存在しないものとして、就業規則及び退職金支給規定により、休職期間については一律に勤続年数に算入しないことになりそうである。

しかしながら、退職金の支給に関しては、被告と岡山電軌支部は、昭和六三年四月九日、「協定書」と題する書面で、退職金支給規程の有効期間を平成三年三月三一日まで延長する旨の労働協約を締結したことが認められ(<証拠略>)、また、退職金支給規程の有効期間を延長するにあたり、被告と岡山電軌支部との間で、原告の退職金の支給が問題となる以前に、退職金の算定の基礎となる勤続年数と在籍専従による休職期間に関する従来の取り扱いを改めることについて協議がなされたことはないことが認められる(証人略)。

そして、前記労働協約失効後も、原告の本件退職金算定にあたって、被告は、五五才での退職金打切り制及び第二基本給制を適用しているが(弁論の全趣旨)、被告の退職金制度のうち、五五才での退職金打切り制及び第二基本給制などは旧労働協約により規定されていたものであって、有効期間を延長した退職金支給規程には、これに関する定めはなかったのであるから、実際の取扱いは、退職金支給規程のみによって運用されず、同時に、旧労働協約中の退職金に関する規定をも根拠として運用されているのである。

これらの事実を総合すれば、退職金の支給に関する昭和六三年四月九日の「協定書」により、従来の被告と岡山電軌支部との間で締結されていた労働協約のうち退職金に関する規定も、同時に、平成三年三月三一日まで有効期間が延長されたものと解するのが相当である。したがって、労働協約第三三条は、原告の退職金請求権発生時においても依然として有効であり、同条の解釈に関する労使慣行も、被告により一方的に変更されうるものではないから、有効なものといわなければならない。

三  よって、原告の退職金の算定に関しては、専従による休職期間一〇年二か月を含めた勤続年数二七年四か月を基礎とすべきであるから、原告の退職金の一一八一万一五三一円となり、したがって、被告は、原告に対し、これから既に支払い済みの六〇二万四三〇九円を控除した残額五七八万七二二二円を支払うべき義務がある。労働協約第三一条によれば、退職金の支払期限は、従業員が満五五才になった日から三週間以内であるから、被告の右退職金支払残債務の支払期限は、原告が五五才になった日である平成元年三月一五日から三週間目である同年四月五日の終了をもって満了し、翌四月六日から民法所定の年五分の遅延損害金を支払わねばならない。

(裁判長裁判官 梶本俊明 裁判官 岩谷憲一 裁判官 芦高源)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例